5月27日(日)恒例の歴史探訪を行いました。
第16回目の今年は百済大寺(吉備池廃寺跡)から藤原京跡まで、悠久の飛鳥をめぐりました。

百済大寺(吉備池廃寺

吉備の集落の南にある吉備池周辺を発掘していた奈良国立文化財研究所がその池の底に古代寺院跡を発見し、これを吉備池廃寺と名付けました。
また、百済大寺の跡に違いないとも発表されています。

磐余池跡

日本書紀に記され、池の近くに用明(ようめい)天皇の池辺双槻宮(いけべのなみつきのみや)などが築かれたとされる「磐余池(いわれいけ)」。磐余池は古代では有名な池でした。
大津皇子が刑死される時「ももづたふ磐余池に鳴く鴨を今日のみ見てや雲隠りなむ」と歌ったのはこの磐余池のあたりであると言われています。

香山

天香山神社(あまのかぐやまじんじゃ)の祭神は、櫛真智命神(くしまちのみことのかみ)です。
境内にある「朱桜」(にわざくら)という古名で知られる「波波架の木」(ははかのき)は、その昔、占いに用いられたと言われています。
「古事記」の天岩戸神話(あまのいわとしんわ)には、天香具山(あまのかぐやま)の雄鹿の骨を抜きとって「朱桜」の木の皮で焼き、吉凶を占ったとあります。

藤原資料室

藤原京で発掘された出土品や当時の生活を再現した模型などが展示しており、皆さん熱心に猪熊理事長の話を聞いておられました。

藤原京

日本で初めて建設された本格的都城です。694年に遷都。平城京遷都までの16年間この地で持統、文武、元明と三代の天皇が律令国家体制をおしすすめたと言われています。

本薬師寺跡

奈良市の西の京にある薬師寺(やくしじ)の前身にあたる寺です。天武(てんむ)天皇が後の持統(じとう)天皇である皇后の病気平癒のため祈願して、天武9年(680年)に薬師如来を本尊とする寺の建立に着手しましたが、完成しないうちに天武天皇が崩御したため持統天皇がその遺志を継いで完成させたといわれています。

参加者の皆様、ありがとうございました。汗ばむ陽気の中、悠久の飛鳥を感じていただけたでしょうか。
次回も皆様のご参加をお待ちしております。