国際化時代の進展と関西・大阪の活性化。
この二つは地元の企業家・市民にとって重大な問題である。と考える有志が自然と集まりました。
しかし、どうやってこの二つを実現していくかとなると中々異論百出です。
例えば「東アジア交流博物館」みたいな箱ものを造ろうとか、人の集まるイベントを行なおう、 とかいろんな案がありました。
しかし、最後に落ち着いたのは「まつり」を創ろうということです。
いわゆる箱ものは、時がたてば朽ち果てるでしょう。しかし、「まつり」という文化であれば、それは永遠に続けることができるのではないか。
「永続性のある文化」であれば、これこそ未来を担う子供たちへの最大の遺産になると有志たちは考えたわけです。