倭国・百済の友好関係の中、多くの人々が倭国を訪れました。その中でも有名な王仁博士の渡来です。
「また百済国にも『もし賢し人あらば』とおおせたまひき。故、命を受ける人、名は和邇吉師(わにきし)。
すなわち論語十巻、千字文一巻、併せて十一巻をこの人に付けて贈りき。」
(古事記応神天皇の段)

「阿直岐(あちき)はまたよく経書を読んだ。それで皇太子菟道稚郎子(うじのわきいらつこ)の学問の師とされた。天皇は阿直岐に『あなたより優れた学者はいるかどうか』と問われた。『王仁という優 れた人がいます』と答え、王仁を招かれた。」
(古事記応神天皇十五・十六年の条)

*王仁博士が難波をたたえて詠んだ歌「難波津に 咲くやこの花冬ごもり 今は春べと 咲くやこの花」
『古今和歌集』 大阪市「此花区」・花博「さくやこの花館」は、この歌にちなんで命名されました。